2010年4月24日土曜日

ハーバード白熱教室

メンバーのみなさん、ハーバード白熱教室の再放送はもう見られたでしょうか。

NHKの運営方法についてはどうかと思いますが、白熱教室のような良質な番組を提供してくれるNHK教育には拍手をしたいですね。

民主主義は、最終的には多数決という手続きで物事を進めていきます。つまり多数派の意見によって政治は動いていくということですね。サンデル教授は、第1回で功利主義の代表格であるベンサムの「最大多数の最大幸福」を引用しながら、学生へ疑問を投げかけます。「5人の命を救う代わりに、1人を犠牲にしてもよいのか」と。これは、功利主義の考えでは正しいわけです。

教授は必ずしも多数派の意見に正義があるわけではないと議論を進めていきます。学生の意見を聞いていると、考え方が違う背景には、それぞれの立場、物事の捉え方が異なっていることがわかってきます。ここで気づかされることは、ただ議論すればよいというわけではなく、最終的には多数決で決まっていくとしても、その前にお互いの考え方を相手に伝えて、その溝を埋めていくような努力をしなければならないということです。

今の日本の民主主義はアメリカからもらったものですが、このような大切なことが抜け落ちてしまっているようで気になります。おそらく、西欧の民主主義には長い歴史のなかで培った重みがあるからなのでしょう。我々が、西欧の歴史や思想から学ぶことは、引き続き多そうです。

6 件のコメント:

  1. 5月1日の再放送をやっと見ました。

    今回はジョンロックを取り上げていました。

    自然状態での自然権についての導入から始まり、

    社会への参加としての契約のあたりは、一見矛盾するような

    感じもしましたが、フロアーの熱心な発言に「うーん」とうな

    ってしまいました。

    特に我々の権利を守るために健全な政府を選ぶというあたり

    は、重要だなと思いました。

    日本の議会を見ていると、本当に国のことを考えているのか?

    それとも政権が取りたいだけなのか?と首をかしげてしまいま

    す。

     今までジョンロックといえば、「社会契約論を書いた人」ぐ

    らいの知識しか持ち合わせておらず、改めて考えなくてはと思

    いました。

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  2. どうして「契約」なの?という疑問を持ちますよね。講義ビデオでは触れられていませんでしたが、当時の歴史背景を考える必要があるのですね。

    その当時は、主権は国王にあったわけですが、その根拠になっていたのは「王権神授説」です。つまり、王は国の統治を神から授かっている、という考えです。

    これに対して民主主義が台頭する時に拠り所になったのが「社会契約論」だったわけです。西欧社会といのうは契約によって成立しているとも考えることができます。

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  3. にじはんさんがすっきりしないのは、我々は契約したつもりはないんだけど、という点ですよね。ここは、講義のディスカッションになったポイントです。

    たぶん、我々は参政権を行使することで意思表明ができるので、単に委託しているわけではない、ということなのでしょうね。

    講義では徴兵制の問題が取り上げられていました。こんな契約をした覚えはないと言いたい人は多いですよね。これは、国家すなわち共同社会全体の便益を担う「一般意思」によるものだと考えたわけです。

    このように、民主主義であっても個々人の自然権(自由意志)が完璧に保証されるわけではなくて、社会全体が望む一般意思との調和が常に求められるのですね。

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  4. 例えば、国家は学校制度を作っていますので、義務教育を子どもに受けさせることは保護者の義務とされます。どのように就学するか、私学で学ぶかどうかについては選択の余地が残されています。これは、とても望ましいことと思います。

    子どもさんに障害がある時、どのような教育を受けさせるか保護者の方の悩みにはとても大きいものがあります。他の子と一緒のクラスで学ばせたいという方も多いでしょう。

    そうすると、同じクラスで学ぶ権利を子どもは自然権としてもっているのでしょうか。倫理学の側面だけから、これを議論してもよいのでしょうか。みなさんは、どのように考えるでしょうか。

    デリケートな問題でもありますので、誤解を受けないよう配慮して議論しましょう。

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  5. にじはんです。
    パスワードを忘れて、ここ2日ほど苦労しました。

    さて、日本は年齢という枠組みで切り取られた集団を対象として、学習を進めます。
    その集団を構成する人は、等質ではなく、得手不得手をもっています。国語が得意な人、数学が得意な人、一つのことを順番に処理していく人、いくつかの問題を一度の処理していく人、などなど。

    今までは決められた内容をある程度決まった方法で指導されてきました。そのため、自分の認知スタイルに合わない指導方法で指導を受け続け、不適応を示してしまう子どもがいることが報告されるようになってきました。

    今は少しずつそれぞれの子どもの認知特性を考慮した方法を工夫するような報告も見られるようになってきました。

    しかし、認知スタイルがほかの子どもと大きく違う場合はどうでしょうか?それでもみんなとみんなと学ぶことがその子の自然権なのでしょうか?

    自然権がどのようなものか・・・一人ひとり明確に示されているわけではないので、周囲の人や本人の示すサインから考えていかなければならないような気がします。

    ちょっと観点ちがいましたかねえ。

     

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  6. ジョン・ロックは自然権として、「生命」「健康」「自由」「財産」の4つをあげているそうです。

    にじはんさんが言うように、その子どもさんにあった学び方を受けないと、かえって、心や体の「健康」が損なわれてしまうのですね。

    これは、子どもの「自然権」を侵害している状態であると言ってよいでしょう。

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