2011年10月1日土曜日

日本人の絆

早いもので、今日から10月です。今年度も、後半戦に突入なんですねー。

今日からBS放送のチャンネルが大幅に増えました。WOWOWも無料放送してるみたいで、ローマの休日とかやってますね。

さて、こんどの気ままに一冊は、ちにたさん向けのキズナについての本です。


亀岡誠著「現代日本人の絆」日本経済新聞社

これもですね、新刊書で空港の本屋さんに積んでありました。空港は場所柄、経営とか組織論の本が多いですね。

消費社会という観点から、日本人の所属感について考察しています。

大晦日に紅白歌合戦を家族そろって見るという家庭内行事が風化して久しいですが、ここにニッポン社会の変化を垣間みれますよね。

紅白歌合戦が最強の娯楽だった時代は終わってしまいました。趣味や価値観が多様化して、みんなが同じものを見る、するということは無くなってきています。ネット配信で映画も見れますし。リビングで家族一緒にテレビを見て団らんより、パーソナルにネットで見るという時代です。

同じ価値観を共有することから生まれる従来の絆がなくなって、いま、新しい形の絆が求められつつあるということです。

2 件のコメント:

  1. 学会に行って「小さな絆」を再確認できた、ちにたです。

    従来の、価値観の共有によって得ていた「絆」は
    ライフスタイルの固定化やかたくなな共同体意識と相まって
    ある種の「マイノリティの拒絶」にもなりかねないものにも
    なってしまっていたのではないかと思います。

    最近テレビで放映されていた、
    ある大家族のライフスタイルの変化に近隣住民が
    反対し、定住を拒否したというような事例も、
    この「従来型の絆」に起因するものなのでしょう。

    「従来型の絆」はどっぷりとそこに安住すれば、
    自分自身の価値観を問うたり、
    他社との違いに頭を悩ませることもなく、
    過ごしていけます。
    サザエさんのご近所さんたちのように。

    しかし、これからは
    価値観は違うけれど、つながりあえる
    というしなやかさをともなった「絆」が
    求められているのだと思います。
    それがエヴァであり、
    外資系企業の中で多国籍の従業員たちを
    つなげようとする企業努力のありようなのかもしれません。

    多様な価値観の中で生活するということは
    自我の発達や主体性が求められているということであり、
    それなしには心の安定や他者とのつながりの実感は得にくいと思います。
    それが教育においては、子どもたちの不安・居場所の見つけにくさにもつながっているようにも思えます。

    人権教育の中で「切り結ぶ」ということばで
    子ども同士の関係性の再構築を図るということが
    表現され、実践が積み重ねられてきました。

    それら実践の中で、切っていたものは帰属への執着・高さゆえの閉鎖的な人間関係であり、
    結ぼうとしていたものは、他者との違いを受け入れつつ
    一人ひとりの「手」であったのかもしれません。

    「絆の使い分け」は「ちょっとした絆」を
    多く持っていればこそ。

    学校生活の中のしんどさを持つ子どもは、
    一つの絆にしがみつきすぎているのかもしれない、と
    不登校の子の支援をしながら考えています。

    「ちょっとしたつながり」を保つために
    人は消費行動に至る、という亀岡氏の言葉。

    食事会、右脳ゼミファイル、右脳君メモ
    確かに。

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  2. ちにたさん、コメントどうもありがとうございます。
    見事に復活されて、うれしいです!

    この本では、ちにたさんも言っていますように、〝ゆるやかな絆〟の時代を迎えているとの見解が示されていますね。

    ブログやツイッターでつながる社会です。個人が簡単に情報を発信できるようになって、関心のある人々がオフ会に集って、絆をつくっていくという時代です。テクノロジーの発展が、きずなのあり方を変えているのです。

    武士道のように強い絆がなくなった現代の社会はどこにいくのでしょうか。

    ニーチェが言ったように、個を肯定、確立して、強い意思をもたねばならないのでしょうか。個の関係づくりは、どういう形になるのでしょうか。

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